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2014/9/30

バングラデシュの人の話 – 社会問題としてのリンパ系フィラリア症 –

レポーターProfile
森岡 翠
元 JICA青年海外協力隊 / 現 特定非営利活動法人DNDi Japan

 私は青年海外協力隊員として2年間、バングラデシュのリンパ系フィラリア症制圧対策プログラムに携わった。貧困層の多い北西部にある県の保健衛生事務所に籍を置き、フィラリアの伝播を遮断するための駆虫薬一斉投与の支援や患者に病気や治療に関する正しい知識を教え、病状のコントロールをサポートする活動、そして、それらがより効果的に展開されるための啓発活動を行った。

 ある日、私は一人の物乞いの男性と出会った。彼はリンパ系フィラリア症によって醜くなった自分の足を見せ歩き、人々からお金を集めていたのである。私は彼に簡単なセルフケアの方法や治療のできる病院を紹介した。彼は私の話にうなずき、去って行った。その後、一緒に話を聞いていた群衆の一人が私に投げかけた言葉は、今でも忘れることができない。「いくら言っても無駄だよ。あの人は本気で足を治す気なんてないんだから。」確かに今の彼の生活には、物乞いで得たお金は欠かすことのできないものであろう。物乞いをする以外に生きていく術を見出せていないこと、周囲が見出す手助けができていないことも事実である。彼にとっては明日のご飯を食べることが重要なのであり、足を治すことなど二の次かもしれない。それでも私の拙いベンガル語を一生懸命聞いてくれたし、足が痛むと辛そうに訴えた。病院で医者に相談してみると言った。当然、彼の中に足を治したい気持ちはあるのだ。お金を得るための手段である足と治したいという願望。この対峙する気持ちに、どのように折り合いをつけているのだろうか。考えても分からなかった。しかし彼だったら、こうして考えている間にもどこかで足を見せて物乞いをしているのだろうと思った。私は今、満腹のお腹で考え事をしている。だが、彼のお腹は考えている間にも空いてくるし、毎日を必死に生きている。
 患者さんに患部の写真を撮りたいとお願いすると、宗教的な理由がない限り、皆、快く協力してくれた。差別の対象になるかもしれないと恐れる気持ち以上に、自分の病が注目してもらえた希望、みんなにリンパ系フィラリア症のことを知ってもらいたい、そして何とかしてもらいたいという願いがあるからだ。私が出会った患者さんたちは、皆、貧困と病とともに毎日を生き抜いている。物乞いの彼は、今でもきっと物乞いをしているだろう。疾病の治療だけではない、患者の社会生活や人生に寄り添い、彼らの価値観をも包括する対応が必要であることを実感する。

出典:
“バングラデシュのフィラリア(下)” 財団法人静岡県予防医学協会、けんこう静岡第99号, 4, 2009年10月
“バングラデシュのフィラリア(上)” 財団法人静岡県予防医学協会、けんこう静岡第98号, 4, 2009年7月

 
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