シャーガス病

寄生原虫のクルーズトリパノソーマを病原体とし、ラテンアメリカやカリブ諸国で蔓延するサシガメという昆虫に媒介されて感染する病気です。感染後発症しない場合もあるため「沈黙の病気」とも呼ばれていますが、放置していると突然死に至ることもあります。流行地はラテンアメリカで、感染者は600〜700万人と推定されています。

<ロマーニャ徴候が見られる患者の様子> CDC

感染原因

シャーガス病は、クルーズトリパノソーマという寄生虫が、サシガメの媒介により動物や人に感染して発症する病気です。クルーズトリパノソーマは感染したサシガメの糞に出現します。サシガメは、主に夜間に眠っている人の顔を吸血しながら、クルーズトリパノソーマを含む糞をその場で排泄します(この特性から、別名「Kissing bug」とも呼ばれています)。眠っている人がうっかり傷口に触れたり、眼や口に触った時に、この病原体を含む排泄物が眼や口の粘膜、傷口などを通して人体に侵入し感染します。
サシガメは、屋内では土の中や日干し煉瓦の下などに生息しています。日中は壁や天井の割れ目に潜み、夜間に人々が眠りにつくと活動を始めます。屋外では、ベランダの下やコンクリートの裏、積み上がった岩や木材の中など比較的目立たない様な場所に生息しています。

病原体:寄生原虫のクルーズトリパノソーマ(アメリカトリパノソーマとも呼ぶ)

<クルーズトリパノソーマの顕微鏡写真> CDC

媒介昆虫:サシガメ

<サシガメ> CDC

参照情報:

U.S. Centers for Disease Control and Prevention,
"Parasites - American Trypanosomiasis (also known as Chagas Disease)." Accessed March 19, 2014,
http://www.cdc.gov/parasites/chagas/biology.html

症状

シャーガス病の症状には、急性期・慢性期の2段階があります。いずれも症状は顕著ではありませんが、生命に関わる病気に進行する可能性があります。

急性期

感染直後の数週間〜数カ月は、無症状または熱、疲労感、かゆみ、頭痛、下痢といったほかの病気にもあてはまるような症状しか現れません。ただし、診察すると肝臓や脾臓(ひぞう)などが腫れたり、この原虫が侵入した部分に赤い腫脹、硬結(しこり)が出る皮膚病変(シャゴーマと呼ばれます)が見られます。加えて、この段階の症状で特徴的なのは、サシガメに咬まれたところや糞が入ることにより眼のまぶたが腫れる症状(ロマーニャ徴候)です。この症状は数週間程度で自然に消滅しますが、治ったわけではありません。

慢性期

急性期の後、何十年も、あるいは生涯何も発症しないこともあります。しかし、感染者の20~30%程度が下記の症状を発症します。

心臓合併症(感染者の最大30%程度)

心臓肥大、心不全、心拍数の変化や不整脈、心尖部動脈瘤・血栓形成、心肺停止(突然死)

腸管合併症(感染者の最大10%程度)

食道または結腸の肥大(巨大食道・巨大結腸)、これらを原因とした食事困難や排せつ困難など、上記のような症状を発症すると、シャーガス病の駆虫薬剤では対処できないため、それぞれ専門の治療が必要となります。

治療方法

診断方法

顕微鏡による血液検査で感染を診断します。感染が判明すると、心臓に障害を起こしていないかを確認するために心電図をとります。
血液検査は寄生虫が血管内で活発に動き回っている急性期にのみ有効で、感染直後の急性期であれば、高い確率で診断および治療することが可能です。
慢性期に入ると、寄生虫は血液中にはほとんどいなくなるため、通常の血液検査では明確に診断できません。そのため、感染の可能性が高いと思われる場合には、少なくとも2種類以上の血清検査(酵素免疫測定法:ELISA、免疫蛍光抗体法:IFAなど)を行い抗体の有無を確認する必要があります。

治療方法

治療には、この原虫を除去するために駆虫薬を使用するアプローチと、出現した症状への対症療法の2つの方法があります。

駆虫薬

駆虫薬は、急性期ではもちろん、心臓や消化器系に疾患が発症していない慢性期早期にも使われます。
クルーズトリバノソーマの駆虫薬には、ベンズニダゾールとニフルチモックスの2種類があります。いずれも年齢別に投薬量が決まっており、最大でベンズニダゾールは60日間、ニフルチモックスは90日間継続して投薬します。
一方、これらは副作用の発生頻度が40%とかなり高いため、服用には注意が必要です(ベンズニダゾールの副作用は、アレルギー性皮膚炎、末梢神経障害、食欲不振と体重減少、不眠症など。ニフルチモックスの副作用は、食欲不振と体重減少、多発性神経障害、吐き気・嘔吐、頭痛、めまいなど)。また、いずれの薬も妊婦や腎臓・肝臓疾患のある患者には投与できず、ニフルチモックスは神経・精神疾患のある患者は服用できません。これらの状況から、シャーガス病治療のための新薬の開発が強く必要とされています。

対症療法

心臓や消化器系に疾患が出た場合には、ペースメーカーをつけ、不整脈を抑制する薬を服用する必要があります。

予防方法

現在、感染を予防できるワクチンはないため、できるだけ戸外からのサシガメの侵入を防ぎ、また、住家性のサシガメの刺咬を防ぐことが重要です。
このため、部屋用の殺虫剤や長時間効果が持続する殺虫剤を塗付した蚊帳を使用すること、長そで、長ズボンを着用すること、露出した肌には虫よけ剤を塗ることなどが求められます。
公衆衛生の視点では、輸血や臓器移植の際にスクリーニングを行うことが必須です。また、母子感染を防ぐために、妊婦の検査を行うこと、新生児には生後8カ月以降に検査を実施するといったことが重要です。

感染リスクのある地域

シャーガス病は主にラテンアメリカ大陸(カリブ海の島国を除く)に蔓延しています。特に、土壁や藁ぶきの屋根の家が多い田舎で発生しています。しかし、過去数十年の間に、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国と西太平洋の国々にも感染が拡大しています。ラテンアメリカと世界各地域の間の人口流動が主な原因だと思われます。また、移民や旅行者からの輸血により感染することもあるため、感染リスクは特定のエリアに限りません。日本でも、2013年に中南米出身の男性が献血した血液から、シャーガス病の抗体が初めて発見されました。

推定感染者数

約600〜700万人が感染していると推定され、感染者のほとんどがラテンアメリカに集中しています。

推定死亡者数

急性期においては、まれに幼児が深刻な炎症や、心筋炎や髄膜脳炎により死に至ることがあります。また、免疫不全がある場合や原虫の感染数が多い場合、あるいは5歳以下の子供や高齢者で死亡率が高い傾向にあります。
ラテンアメリカでの(マラリアを含む)感染症による死亡者数はシャーガス病がもっとも多く、毎年12,000人が亡くなっていると推定されています。

参照情報:

WHO- Neglected Tropical Diseases, accessed April 2, 2015,
http://www.who.int/neglected_diseases/mediacentre/factsheet/en/

CDC- Neglected Tropical Diseases, accessed April 2, 2015,
http://www.cdc.gov/globalhealth/ntd/diseases/

監修
慶應義塾大学 名誉教授 竹内 勤
聖路加国際大学 名誉教授 遠藤 弘良